現在さわかみ関西独立リーグ(以下カンドク)で審判長を務めている竹本裕一(たけもとひろかず)さん。カンドクで二人制審判、ピッチクロックの導入を提言し実現しました。どうして二人制審判に注力するのか、賛否あるピッチクロックの導入の理由とは?竹本審判長の考えを聞きました。
体系的な学びを求めてアメリカへ
メジャーリーグアンパイア クルーチーフのTed Barrettさんと
高校の教師をしている竹本さん。40歳をくらいまで、卒業生たちと野球チームを作って一緒にプレイをしていました。
「審判を始めたきっかけは、大会の時に審判の人数が足りなかったから。だから、審判になりたいと思って始めたんではないんですよね。やっていくうちに、審判についてしっかりと学びたいと思いました。」
「でも審判についてきちんと教えてくれるところが日本にはなかった。年に2、3回、高野連などで講習会がありましたが、体系的に教えてくれるところはありませんでした。ネットなど色々調べた結果、アメリカのジム・エバンス審判学校に行きつきました。」
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竹本さんは普通の審判になりたくて、フロリダのジム・エバンス審判学校の7日間のショートコースの門をたたきました。それがあまりに面白くて、二年連続でフロリダへ。さらに体系的な審判システムを追究するため、3度目は5週間のプロコースに入学しました。ジムの、合理的ですべてに理由を求める考え方に魅力を感じたと言います。
「日本は『理屈よりも見て覚える、経験で学ぶ』。それに比べてアメリカの教え方はとても合理的で、すべてに理由がありました。そして結果より過程を重視した。過程が正しければ、結果はついてくるという考え方でした。」
「たとえば、判定の練習では、アウト・セーフのジャッジが間違っていても何も言われないんですよ。インストラクターは結果に興味がないから。それよりも、プレイを見るための動き、ステップやターン、距離や角度など……その過程を大切にしています。これは、当時新鮮な感覚でした。」
アメリカで深まった二人制への思い
塩崎育成審判員へアドバイスをする竹本さん
野球の試合に審判が何人いるかと聞かれたら、「4人」と答える人がほとんどではないでしょうか。日本の基本は四人制だからです。しかし、実は審判の発展史をみると、審判はもともとひとりからスタートしました。野球というゲームが発達とともに、審判の数も増えていきました。
野球は、囲いのある競技場で、監督が指揮する9人のプレーヤーからなる二つのチーム間で、 1人ないし数人の審判員の権限のもとに、本規則に従って行われる競技である
(引用)公認野球規則の1.01
この公認野球規則の冒頭の条文にあるように、野球というスポーツを構成するのは、二つのチームと審判団です。審判団は、サードチームとも呼ばれることもあります。審判は野球をやる上での必要条件ですが、最低ひとりいれば、実は何人でやってもいいというルールなのです。
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そのうえで竹本さんは「大切なことは四人制のシステムが、二人制を基本に、ひとり追加して三人制、さらにもうひとり追加して四人制という手順で構築されているということだ」と言います。どういうことなのでしょうか。
「審判がひとりでやる場合はシステムとは言えないので、審判システムの基本は二人制ということになりますよね。アメリカ的に言うならば、基本の二人制ができなければ、その先の三人制や四人制を正しく理解できないということになるんです。」
「しかし日本に野球が輸入されたのは、一人制と二人制がほぼ同時でした。そして『二人制はよくないから一人制でやろう』ということになったんです。その後、二、三を飛ばして、一挙に四人制になってしまった。そんな風にはじまった日本の四人制は、世界標準ではなく、ガラパゴス的に進化をするんです。」
「私は四人制を美学のシステムと思っています。四人制は正確に機能すると大変美しいシステムですが、それは基本の二人制ができてこそ。」
日本では二人制は減数のシステム(四人制からひとり、ふたりと減らした形)となっています。しかし竹本さんは、「美しい四人制の実現のためには、基本である二人制をしっかり機能させることが重要だ」と考えます。そして「その先にある三人制や四人制に発展させていきたい。」と。
「野球の国際化がテーマとなった時期がありましたよね?投球カウントが、ストライクから数えるのではなく、ボールからカウントされるようになった時期です。その頃から日本でも二人制の普及が始まりましたが、『二人制は難しい』という声をよく聞きました。」
「それは減数の感覚で考えているからです。最近ではかなり認知されるようになりましたが、まだ発展途上。私はカンドクを二人制普及のトップランナーにしたいと考えているんです。」
独立リーグは、審判も夢を見る場
3年前、知人から「関西独立リーグで審判員を探している」と聞いた竹本さん。オファーを引き受ける条件として、二人制の導入を提案したそうです。それは、選手たちがNPBを目指す場であるカンドクを、審判にとってもNPBや世界を夢見る場にしたいという考えからでした。
「二人制をベースとしながら三人制、四人制も経験してもらい、世界で活躍できる審判をカンドクで育成したい。カンドクに来て、二人制のシステムを学んだうえで三人制、四人制を経験し、世界を視野に入れ活動してほしいと思います。」
日本人初のAAA審判員、平林岳さんの存在
憧れの存在、平林審判員を追いかけてアリゾナへ行ったことも
二人制審判の学びの場を少しでも増やしたいと考えている竹本さん。NPBでチーフ審判技術指導員を務めている平林さんを講師に迎え、定期講習会を開催しています。平林さんは日本人初の3A審判員。二人制の第一人者です。
「平林さんは僕の憧れの存在ですね。追いかけてアリゾナまで試合を見に行ったぐらいです。その平林さんにお願いして、毎年40人ほどで講習会を開催しています。平林さんから直接二人制を学べる、大変貴重な機会です。この日のために日本各地から受講者がやってくるんですよ。」
京都での審判講習会後に平林さんと
「本格的に二人制を採用しているところがないから、カンドクには他の審判さんがよく見学に来ます。だからカンドクに所属する審判員には『教科書どおりに動いてほしい』と言っています。他の審判さんが学びに来るのに、適当なところを見せられませんからね。」
ピッチクロック導入は、野球発展のため
投手から見えるように設置されるピッチクロック
竹本さんの目標は、カンドクで二人制を根づかせることだけではありません。カンドクが時短に努力している姿を可視化したい—そのために導入したシステムのひとつがピッチクロックでした。
ピッチクロックとは、ピッチャーがバッターにボールを投げるまでに使える時間を制限する仕組みのこと。20秒以内に投球動作に入らなければならないというルールです。日本でも社会人や大学で導入され、二塁審判がストップウオッチで時間を計っています。
これに対しカンドクでは、タイマーを設置して投手から見えるようにしました。ファンや選手からは難色を示されることもありますが、竹本さんは、ピッチクロックの導入は野球の発展に不可欠だと考えます。
「ベースボールが誕生したときのルールは、試合は21点先制。これではあまりにも試合時間が長すぎるため、1857年に9回制になったんです。ほかにも調べてみると、野球の発展史は時間短縮の歴史だということがわかります。だからピッチクロックは、野球の発展に有効なんです。」
(photoAC)
ピッチクロックが導入された理由は、こうした歴史的側面だけではありません。ファン離れを防ぐためでもあります。メジャーリーグでピッチクロックの採用が提案されたのは2015年。メジャーではまだ採用されていませんが、マイナーや独立リーグでは実施されています。
ピッチクロックが提案される一因となったのは、どんどん伸びていく野球の試合時間です。野球好きでも疲れる3時間超の試合は、テレビの視聴率低下、ひいては野球の人気や放映権料の低下につながりました。これは、アメリカだけの問題ではありません。
「オリンピックの正式競技から野球が外れた最大の理由は、試合時間の長さ。カンドクで導入しているピッチクロックは、その解消のためのアイデアのひとつです。近いうちにメジャーでも導入されることでしょう。」
「テレビの野球中継を見ていたら、試合時間が長すぎて一番いいところで放送が切れてしまった……そんな経験をしたことがありますよね?これでは野球を見たいと思えません。サッカーは延長しても2時間ほど。ラグビーは基本的に延長戦がありません。」
「一方の野球は終わる時間が予想できない。帰りの時間が分からないから、試合のあとに飲みに行く約束もしにくいんですよね。これではふだん野球に興味がない人は、テレビ観戦はもちろん、球場に行こうとも思わないでしょう?興行として野球の今後を考えれば、試合時間の短縮はマストだと思うんです。」
ベースボールをリスペクトし、日本の野球を世界標準へ
(photoAC)
日本の野球を世界標準に回帰させるために「野球が生まれたアメリカに敬意を払い、ベースボールという言語で世界中の人々との交流をしたい」と竹本さんは考えます。
「柔道を思い浮かべてください。日本で生まれた日本語のルールを、世界の選手たちがリスペクトをもって学びますよね。野球も同じです。野球を学びたいと思うなら、ベースボールへのリスペクトは当然のこと。日本の野球は確実に、その方向に向かおうとしています。」
「たとえば数年前に始まったNPBのアンパイアスクールでは、二人制を教えています。アマチュアの審判ライセンス制度も、1級をとるためには二人制の理解を問うようになりました。しかしまだまだ導入段階にすぎません。」
「カンドクの実践は一歩前へ出ています。ピッチクロックにしても、失敗や問題点は出てくるでしょう。でも挑戦しなければ何も生み出せません。カンドク審判部は、外国の人から見ても何の違和感もない、普通の審判だと思われる存在になりたいと思っています。」
竹本さんが推奨するピッチクロックと二人制の導入。これはほかと違ったことをして目を引きたいなどといった、短期的なことではありません。ずっと先の野球の未来を見据えて実施されているのです。
「近い将来メジャーリーグやNPBがピッチクロックを導入したとき『カンドクがいち早く実践していた』と誇れるようになっていたらいいなと思う。そのために10年先くらいをイメージして考えています。独立リーグって挑戦の場でしょ?古いことにとらわれるのではなく、実験場としてチャレンジすることも大事だと思います。」
おわりに
(撮影:SAZZY)
審判から見た野球の見どころを聞いたとき、竹本さんは苦笑いしながら次のように答えました。
「審判をやっているときは、野球って面白くないんですよ。どっちが勝つか負けるかも気にならない。『今日どっちが勝ったっけ?』と聞くこともあるぐらいです(笑)。審判というスポーツ、サードチームとしての機能に集中している、そういう感じかな。」
審判として、真摯に野球に向き合う—-竹本審判長の思いとともに、選手だけでなく審判にとっても、カンドクは挑戦の場であり続けます。
文:さかたえみ